装束

2016年6月20日 (月)

2016 上賀茂周辺 -春 2-

2016年5月1日、上賀茂神社で行われた
「賀茂競馬足汰式(かもくらべうま あしぞろえしき)」に行ってきました。
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5日にある競馬(くらべうま)では2頭の馬が競うのですが、
その組み合わせを決めるのがこの足汰式です。
神事ですので、さまざまなしきたりに則って式は進められていきます。
この競馬を行うのは賀茂族という、深く長く上賀茂神社を支える方たちです。
小学校高学年頃から神事に参加し、乗り手は4月ごろから毎週末練習に励む
そうです。そのため、一度始めると40歳ごろまでゴールデンウィークは
神事にかかりきりになるとか。式の間、日本語と英語で色々なことを
説明してくれます。
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まずは一頭ずつ走り、後に2頭で走ります。
とても近くをものすごい速さで馬が過ぎていきます。
良い写真を撮りたい方は、連写ができるカメラを使うか、動画を
切り取るかしないと、本当にあっという間にシャッターチャンスは
終ります。一般有料観覧席は500円と千円の2種類があり、
撮影に本気の方は後者が良さそうでした。

元々、日本の馬はサラブレッドよりもずっと小さなものだったと
考えられています。足を載せるだけの鐙で、全速力で走る馬に
跨り続けるのは本当に大変だと思いますが、みなさん危なげなく
乗りこなしていきます。

5日の本番、競馬は装束を着て行われます。
装束姿は15日の葵祭でも見ることができます。
それがこちら。

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今年の葵祭りは、上賀茂神社近くの賀茂街道でみました、
いやー、日曜日とあって、恐ろしい人出でした・・・。
おかげでよい写真が少ないのですが、次回ご紹介したいと思います。

2016年6月19日 (日)

2016 上賀茂周辺 -春 1-

2016年4月10日、今年も上賀茂神社で行われた曲水の宴に行きました。
少し曇り空でお天気が心配でしたが、無事に行われました。
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宴の前に、奉仕者の方々はお祓いのために境内へ。

歌人が作った歌を声にだして読む披露するのは、こちらの披講者。
冷泉家時雨亭文庫の方々で、作法に従って歌を披露していきます。
披講者は他の奉仕者よりも先に入場して、色々と和歌についての
解説が始まります。色とりどりの小袿が美しい~。
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昨年と一般観覧席の並びが変わったこともあり、なかなか写真が
撮りにくかったので、細かい様子は前年の記事もご覧ください。
2015年→http://shishiodoshi.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-698f.html
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今年の歌題は「待花」。平安雅楽会の雅楽演奏の中、
ゆったり雅な時間が流れました。

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斎王桜の下での記念撮影。おもわず溜息のでる瞬間でした。
この曲水の宴をもって、第60代斎王代さんのお勤めは終わりです。

春の京都では、すでに5月の行事の用意が進んでいました。
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2016年2月15日 (月)

new風俗博物館 展示⑤端午の節句「蛍」

風俗博物館、展示の最後は
  ④平安の年中行事 五月の節~端午の節句~「蛍」
です。

時は旧暦5月5日。端午の節句を迎えた六条院夏の御殿の西の対。
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女房達が几帳に薬玉(くすだま)を飾っています。薬玉は、邪気を払い、延命の効果が
あると信じられていました。
Hotaru2
薬玉は9月9日の重陽の節句まで飾られます。薬玉には、
万物の根源・宇宙を象徴する五色の糸がついています。この糸は引き抜いて
他のものに結んだりするのに使うようで、重陽の節句になるころには、薬玉は
無残な姿になっていたそうです。写真左の女房は菖蒲の根と花を合わせた物を
唐衣に飾っています。おしゃれです。
菖蒲に五色の紐を巻きつけた物も用意されています(写真右下)。こちらの青い
表着の女房と、その奥にいる女房は唐衣を着ていません。
裳だけを着用しています。
Hotaru3
唐衣ないのも、すっきりしていて素敵!こちらの女房が着ているのは
菖蒲のかさねでしょうか。

さて、いそがしくかつ楽しそうに端午の節句を迎える女房達の間に、
あやしくたたずむの源氏(32才)。
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その視線の先にいるのが、
細長を着た玉蔓。
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端午の節句の少し前、玉蔓は蛍兵部卿宮と蛍が照らす中対面したばかり。
養父源氏が何を考えているのかちょっとわからず、戸惑う日々です。
節句にはたくさんの薬玉が届けられていました。
着ている細長は撫子かさね、袿は卯の花かさね、五つ衣は撫子かさね(雲立涌文)です。
すこし奥にいるので、せっかくの装束が遠い・・・(もっといいカメラが欲しい~)。
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玉蔓に文を差し出すのは乳母の右近です。文(歌)は蛍兵部卿宮
からでしょうか。右近も唐衣は着ていません。暑いですし、右近は乳母なので
住まいで玉蔓の世話をするのに、唐衣まで着る必要はないのでしょう(想像)。

女童が続々と贈り物の薬玉や文を運んできます。
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手前の女の子はひとえの汗衫。後ろの子は袷(暑そう)。
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単の汗衫を着た子は、肩に五色の紐を巻いた菖蒲をつけています。
おしゃれさんです。

蛍兵部卿宮を始め、ほうぼうから玉蔓に届く文や贈り物をみる源氏さん
二藍の直衣、良く見ると下に着ている蘇芳色の衵を、直衣の裾からちらっと
出した出衣(いだしぎぬ)姿。
Hotaru9
この頃の源氏は、玉蔓のその後も含めなんでも自分の思うとおりに
なると思ってそう。15年後、51歳の自分がまさか紫の上主催の
法華経千部供養を見ているとは思いもしなかったでしょう。

これにて、リニューアル後の風俗博物展示の紹介は終了ですが、
次回はちょっと細かいネタ(裳とか小腰とか)についてちらっと
まとめられたらな、と思います。

前館長さんが、何かの講座のためにまとめたこちらの冊子を
購入しました。装束などの用語説明が絵巻物などの、イラストと
いっしょに載っていて面白いです。
Book

2016年2月12日 (金)

new風俗博物館 展示④女房の日常と平安の遊び

引き続き、2016年2月に見た風俗博物館の展示についてです。
これから見に行く予定の方、ネタバレしかないですよ~。

今日ご紹介するのは、
②局・女房の日常~伏籠(ふせご)~ ~平安時代の身嗜み・黒髪~
③平安時代の遊び
の2つです。

場所は、局(つぼね)。局は上臈の女房に与えられる部屋のことで、格子や妻戸が
あります。でも、位の高くない女房のプライベート空間は、大きな部屋を几帳で
仕切られただけの物です。

これまで展示を見たことがある方には、ちょっとデジャブ感があるかも。

まずは「髪」。
Kami
上の写真、右側の女性はくせ毛です。黒髪が波打っています。
平安時代、黒く、豊か(量が多い)で、長い髪を持つことが、
重要な美人の条件でした。なので、彼女はいろいろとツラいことも
多いでしょう・・・。下の写真の右側の女性は、髪が少なくなったのか
「かもじ」をつけてもらっています。肩の真ん中あたりに、一束ついています。
結構派手にエクステします。

髪は健康状態を示すものでもあるので、男性がきれいな髪の女性が好き、
というのはいつの時代も変わらない習性のようなものかもしれません。

続いての女房のお仕事は、衣服に香を焚きしめることです。
Kou
香を焚きしめるには、いくつかの方法があります。
1つは炉の上に竹製の籠(伏籠)をかぶせ、籠の上に衣類をかけます(写真左上)。
または、衣類の横に吊香炉(つりこうろ)を掛ける方法もあります。右の写真の
銀色の鞠のようなものが、吊香炉です。
左下の写真に写る白い装束は、直衣(冬用)でしょうか。
衣冠の袍には小紐(ベルト代わりにウエストで締める紐)があるのですが、
直衣もあるのかな?直衣は着装を見たことがないので、いつか構造を知る機会が
あるといいなぁ。

女房の横にある襖。引手の部分が今のようにへこんでいるのではなくて、
紐が出ています。
Kou2_2
裾が長く、たっぷりしているので、小さい所に指を掛けるより、この方が
便利なんでしょうか。

衣服ネタをもう一つ。こちらは女房が2人がかりで綿入れをしています。
Wata
寒い時は綿の入った装束を着ます。2人の後ろに掛かっているのは
黄菊かさねの装束。これに綿を入れるんでしょうか。

色々働いてばかりでは疲れます。気晴らしが必要ですね。
Go
というわけで、こちらのお2人は、碁を楽しんでいます。
現在では、碁と同様に有名なのが将棋。6世紀ごろに伝来していたとも言いますが、
平安時代にはあまり普及していなかったようです。

几帳の反対側では、別の女房たちが双六(すごろく)を楽しんでいます。
Sugoroku
双六といっても、現代の物とはかなり様子が違うものです。以前の風俗博物館では
この双六が遊び方と一緒に展示されていたので、説明書きを読んだのですが、
ゲームを進めるためには知恵と相手への配慮が必要という、複雑なルールでした。

そして、最後は「偏つぎ(へんつぎ)」。偏とつくりがそれぞれ書かれた札を合わせて、
順番に漢字を作っていくゲームです。

Hetugi
現在の所、左右の女童ともに3つずつ漢字ができています。
女の戦いはこれからのようです。
この偏つぎ、今でも小学生くらいにはいい遊びになりそうだな、と
いつも思います。実は商品化されてるかな?

さてさて、展示も残すところあと一つです(竹取物語を除く)。
この最後の展示にこそ、今回私がいちばんぐっときた女房や装束がわんさか!
Hotaru
では、また次回!

2016年2月10日 (水)

new風俗博物館 展示③「御法(みのり)」その2

「御法 その1」にあった写真のうち1枚がすごく暗かったので、差し替えました。

「御法」の場面の続きです。
かさねの色目の説明は、特に断りが無い物は会場での説明書きと、パンフレット
からの抜粋です。
Minori21
紫の上がいる塗り籠めから、几帳で隔てた向こう側にも女房がいます。

Minori22
風俗博物館の展示ではおなじみの、かさねの色目の女房達です。
立って法要の方向を見る女房(写真左)は、松かさね。松は常磐木(ときわぎ)で、
めでたいということで、季節を問わず(四季通用)、お祝い時に着用。
常緑の葉の色(萌黄色)に雌花の色(蘇芳色)で、子孫繁栄を表します。
裳は絞りです。

その横に座る2人の女房。
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左:紅の薄様かさね。薄様は衣の色を下に行くほど白くした配色(最後は白)のこと。
 紅の色がだんだん薄くなっています。四季通用で祝いに着る色。
右:萌黄の匂いかさね。匂いは同色の濃淡でぼかす配色のこと。
 濃い萌黄色から薄い萌黄色までグラデーションになってます。これも四季通用・祝い用。

お顔拝見。  
Minori24
ちらっ。


Minori25
上:藤かさね。藤の紫と新緑の葉の緑を表現。旧暦4月頃着用。
下:花橘かさね。橘の木の一年(春の濃い緑、初夏の白い花、秋の実の色)を
表現。旧暦4-5月頃着用。

法会には、源氏の他の妻たちもやってきていました。
4日間ある法会の3日目、紫の上は匂宮(5才)をお使いに、明石御方と歌の贈答をしました。
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宮の前にいる女房が持つのは、明石御方からの返歌。
几帳の間から向こうが気になる匂宮。
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明石御方が持つのは、紫の上からの死期が近いことを告げる歌。
明石御方も、ちょっとわかりにくですが、小袿姿。写真ではこれまたわかりにくいですが、
裳を着用しています(紫の上への敬意や自分の方が下ですよ、という気持ちの表れ
でしょうか)。小袿は桜かさね(白地梅折枝蝶鳥文)、上着は濃きかさね
(紫地白臥蝶丸文)、五つ衣と単は紫の薄様かさね(小葵文)。
紫の薄様は、五節から春まで着る色だそうです。

そしてもうお一人、紫の上から歌が届いたのがこちら、花散里御方。
Minori28
法会が終り、人々が帰ろうとする頃です。
花散里御方の前に紫の上からの歌があり、いままさに返歌を書いた所のようです。
紫の上に、法要のしばらしさを讃え、お互いの縁の深さを歌います。
彼女も小袿姿。小袿は白亀甲地叉木文(またぎもん)。
表着は浅縹三重襷文地白海賦文(あさはなだ みえたすきもん じしろ かいふもん)。

五つ衣と単は紅の薄様かさね(小葵文)。上の女房と同じかさねですが、
昔は同じかさねでも、色合いにいくらかの幅があったんじゃないかと思います。
色を作るレシピはあったようですが、ちょっとした行程の差、職人の腕の差、
着る側の好みで、多少の色の違いはできたはずです。
そして、単と表着の間の衣の数が5枚(いわゆる五つ衣)!という制度ができたのは
1044年。源氏物語が書かれたのが1008年ごろなので、源氏物語の登場人物たちは
6,7枚着ていたかもしれません。五つ衣についてはまた今度。

ちょっと脱線しましたが、これにて「御法」は終わりです。
なんだか悲しい気持ちになったので、御法の場面で気にいった女性装束の
袖とか裾とかを眺めることにしましょう。
Minori29

順路通りに、次は
②局・女房の日常、③平安時代の遊び
について書きたいとおもいます。多分金曜日くらいには書きたいです。
しばしお待ちください。

2016年2月 8日 (月)

new風俗博物館 展示②「御法(みのり)」その1

エレベーターを出るとまずは、童子がお迎えしてくれます。
Minori1_2
この船+舞台がある池には、本物の水が張られていています。
新しい会場は、全体的に白っぽくそして、鏡が多様されているので、
以前より広く明るい感じがします。しかし、この鏡がちょっとくせもの。
場所によっては写真を撮る自分が人形の後ろの鏡に写ってしまう・・・。
以前あった、渡殿や隙間の下をくぐって展示を近くでみる、という
スタイルは無くなっています(あれは初めての時にはわかりにくく、
こんなとこいいの!?とためらいがありました)。
Minori2
童子の後ろには、武官束帯のお兄さんが。
袍(ほう・一番上に着ている衣)の色から、検非違使かな?(適当)。
動きやすいように、後ろの長く引く部分(下襲の裾(きょ))を
石帯(ベルトみたいなもの)の曲げた部分(上手)に引っ掛けています。
これはこれで、カッコいい!

今期の展示のメインは「紫の上による法華経千部供養 「御法(みのり)」です。

病気をし、良い来世を迎えるためにも出家したい紫の上。
でも源氏が出家を許してはくれません。ツラい・・。
そこで、紫の上はこの法会を主催することで功徳を積みます。
場所は六条院ではなく、紫の上の私邸である二条院です。
Minori3_2

今回の展示は、紫の上が準備した法華経千部供養の様子を表したもの。
前回展示に続き、再びお坊さんが多数出演しています。
庭では雅楽が上演されています。
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(寝殿から見て)左方では蘭陵王が演奏され、童子たちは揃いの金の天冠。
雅楽(多分陵王)は昔、四天王寺かどこかでみたことがありますが、
知識は漫画で得たものくらいしかありません。博物館のテキストで初めて、
「蘭陵王」は曲の名前、舞の名前は「陵王」であることを知りました。なるほど~。

そしてこの陵王と番舞(つがいまい)になるのが、落蹲(らくそん)。
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こちらの童子は銀の天冠、装束は楽人も青い色でまとめられています。
この落蹲、納蘇利(なそり)と記憶していました。現在は2人で舞うのを納蘇利、
1人舞を落蹲というそうですが、平安時代は1人舞でも2人舞でも落蹲といったようです。
舞いは雌雄の龍が遊びながら天へ昇る姿を現しているそうで、いつか機会があれば
見てみたいです。
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陵王の後ろにみえる寝殿内では、大勢の僧、蔵人や殿上人たちが、
ご本尊の周りを歩き廻る「薪の行動(ぎょうどう)」というのを行っています。
ご本尊は白い象の上におわす普賢菩薩(下左)。

舞をみる、源氏(右・冠直衣)と夕霧(左奥・束帯)。
楽人や舞人の用意は夕霧担当。
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そして肝心の紫の上は、源氏や夕霧の後ろにある塗籠に。

女房も数珠を手にしています(上左)。たくさんの女房が立ち働いています。
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紫の上(下)は梅かさねの小袿姿。この時、紫の上は43歳。
結局最後まで正妻にはなれず、人生の終わりは出家して来世の平安を
願いたいのに、それも叶わず。他の人ができないような豪奢な供養ができたことで、
来世に希望を持つことができたのでしょうか・・・。

少々しんみりした気分になりましたが(この後さらにしんみりします)、
いやー、男性装束の裾もいいですねー!!
束帯の下襲の裾は、時代によっては、後ろから出る裾の部分だけ
別パーツになっていたりするそうです。別にしたことで、どんどん長くなったとか。
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それでは、「御法」の場面はもうすこし続きます。

2016年2月 6日 (土)

2015年7-11月 風俗博物館展示② +新展示

風俗博物館、昨年7月から11月までの展示の続きです。

筒井筒(子供の頃の恋心/伊勢物語)→裳着(成人する女性/女三宮)
→婚礼(雲居の雁と夕霧を例に)→妻の務め→出家生活(女三宮)、と髪に注目しつつ
女性の人生を紹介していると、勝手に解釈。

まずは子供の頃。二人とも、まだ短い髪を左右に分けた振り分け髪。
男の子はもう少ししたら、みずらに結えるかな。
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井戸の周りで一緒に遊んだ子供たちが、淡い恋心を抱きながらも大人に
なったら素直になれなくて~という、伊勢物語にあるお話の一場面だそうです。
男の子の履いている沓が大きいのは、大人のを穿いたのか何か意味があるのか、
伊勢物語をそのうち読んでみようと思います。

この後は女三宮の裳着の儀という、華やかな場面があるのですが、いまいち
私のカメラではその良さを捉えきれなかったので割愛。残念(ノ_-。)

裳着の儀を終えれば、もう大人です。結婚できます!
(ただし、紫の上は結婚後に裳着の儀をしました・・・ツラいね)

貴族様の結婚は、婿取りです。結婚したい男女は色々文をやり取りし、そして
男性が女性宅へやってきます。今回やってくる男性は、源氏の息子・夕霧君。
訪ねるはお父さんの友達である頭の中将の娘・雲居の雁さんです。

Kekkon1_2
男性がやってくるのは夜です。夕霧さん、二藍の直衣に烏帽子ではなく冠を合わせて、
ちょっとフォーマルスタイル。藤折枝紋の指貫(さしぬき)を穿いています。
夕霧さんが脱いだ沓は、女房によって雲居の雁の両親の所に運ばれます。
「婿の足がうちに留まるように」という願を込めて、両親がこの沓を抱いて寝るそうです。

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さて、迎える雲居の雁さんのほうでは、できる女房達が色々と準備中。

Kekkon2
(左上)女房が三日夜餅を用意しています。この餅は、婿殿が新枕から
三日間通い詰めてくれたら、晴れて2人で食べるものです。これを食べれば
結婚成立です。
(左下)邪気を払うために、三日間灯明は絶やさず灯されます。この灯明を
守る女房は、今回の展示で好きな姿の一つです。
さて、女房の後ろにいるのがもうすぐ新妻になる雲居の雁さん!(右上・中)。
そして、三人目の女房は、未来の夫婦に寝所で掛ける衾(ふすま)を用意中。
源氏物語では、雲居の雁と夕霧は無事に三日通い餅を仲良く食べ、藤の花の
咲くころに盛大に婚礼行事を行います。そのあとの二人は・・・色々山あり谷
ありです。

結婚後の妻の務めとして重要な物の一つが装束を誂えること。
美しく季節にあった装束を着ることは、貴族のたしなみ。当時、装束の
誂えは職人に依頼するのではなく、家で行っていたそうです。

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上の段:左から右へ:布を断つ(小刀で!)、ひねる(単の生地の端の処理)
女房(手前)と縫う女房(奥)、叩いて艶を出す(どれだけ叩けば艶がでる
のやら・・・)。この布を叩く女房だけ、小袖が濃き色なのがちょっと不思議。
布を断つ女房は、髪を耳にかけています。集中して布を断とうとしている時に
長い髪は邪魔でしょう。しかし、この耳ばさみ、「なりふり構わないで家事をする
女なんて興ざめ~」と男性にはすこぶる不評な髪型らしいです。
下の段:左から右へ:染めます!、地直し(反物の整理)中、綿入れの用意中。

Tsuma2
そして、出来上がったものをチェックするのは、妻たる女主人の役目です。

この後には、「鈴虫」の絵巻物にある一場面があり、出家した
女三宮と尼、几帳の隙間からちらっと見える源氏らしき姿が展示されていました。

ということで、だいぶ端折ってしまいましたが2015年11月に見た展示でした。

そして、本日、新しくなった風俗博物館に行ってきました~。
全体的に明るい展示場になったと思います。
残念ながら狩衣や袿を着られるコーナーは無くなってしまいましたが、
実物大衣装の展示はちょっと増えていました。詳しくはまた明日書きます。

下に新展示の写真を一枚置きますが、自分の目で見るまでは、見たくない!
という方はここで、スクロールストップしてください。

































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エレベータの扉が開くといきなり展示がどーん!は新しい所でも健在でした。

2016年2月 5日 (金)

2015年7-11月 風俗博物館展示①

ちょっと更新が滞りました。別にずっとゲームしてたから、って訳じゃないですよ。
仕事が忙しかったのと、ちょっとネタ切れ・・・。

昨日2月4日に風俗博物館がリニューアルオープンしたので、近々行くつもりです。
その前に前回展示(2015年7~11月)で、ぐっときたポイントを書いておきたいと
思います。

絵巻物3本目(源氏物語2本目)を描いていたころ、建物の構造など細かいところが
どうも原画からだけではわからず困ってました。その時、日々更新を楽しみにして
いる方のブログを読んで、風俗博物館の展示をみればいいんだ!と天啓を得ました。

今回の展示の大きなテーマは「源氏物語に描かれた姫君の御髪(みぐし)」。、
この時代に生まれなくてよかった、よかったと、天パの私はしみじみしてしまいます。

メイン展示は「女三宮の持仏開眼供養(じぶつかいげんくよう)」。
Kuyou1
不義の子(薫)を身ごもったことで、女三宮。その女三宮のために
源氏が開いた法要(持仏開眼供養)が行われている母屋。
男性陣は二藍(ふたあい)の直衣に、下襲ね(したがさね)を加えた
直衣布袴(のうしほうこ)。ちょっとカジュアルさのある直衣に下襲ねを
足すことで、ちょっとフォーマルな装いになっています。
夏の装束は、男性装束も透け感があっていいですね~。

肝心の女三宮は西廂に。
Kuyou5  
女三宮は、出家したといっても、尼寺にはいるわけではなくそのまま家にいます(左上)。
髪も普通の尼削ぎは肩くらいまで髪の長さにするのに、女三宮はちょっと短いかな、位。
袈裟は着ているものの、袿は今様色と結構はでです。
几帳を挟んだ横では、女房が香をたいています(左下)。
1才3ヶ月の薫は、うるさいから移動しろという源氏の命で移動中(右)。
この薫を抱く女房、緋袴と袿の裾の感じがいいですね~。好きです。

この西廂には他の女房(約60人!)もいたのですが、法要なのに着飾りすぎ、
香も焚きすぎで場にそぐわない、と源氏お怒り。女房達は北の廂に移動します。
Kuyou2
この女房たちと女童たちの、華やかなこと。裾がいい感じ!
Kuyou3_2
女房一押しはこの方。この髪の流れ、美しい。

そして、汗衫を着た女童がいい!
髪には紅と白の重ねの物忌みをつけています。
Kuyou4_2
上の子の汗衫は袷、下の子のは単にみえます。
女の子たちは、長袴の上に、表袴(ちらっと見える白)を重ねて着ています。
この着方は晴れの姿らしいのですが、ロング丈のズボンの上に
ガウチョパンツを重ねて着ているようなもの。長袴だけなら問題ないと
思うのですが(普段から着てるし)、表袴は全然構造も違うので、重ねて着ていると
すぐに脱ぐことはできないと思います。・・・もよおした時どうするんでしょ。
しかも、成人していない子供が着てるとなると、かなり大変だったのでは・・・。
男性が着る表袴とは、違う工夫がされていたんでしょうか。うーん、疑問。

ここでの汗衫、襟は狩衣などと同じ、円領(あげくび)。
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こちらは葵祭りの騎女(むなのりめ)さんの汗衫。
曲領ではないタイプです。今年は社頭の儀とかで、裾を長ーく引く姿を見たいなぁ。

おっと、汗衫でずいぶん長くなってしまったので、残りはまた次回に。

2015年12月 4日 (金)

斎宮行列 2015

2015年10月18日(日)は嵐山に「斎宮行列」を見にいきました。
この行列、前々からネットなどで知ってはいましたが、見たのは今回が初めてでした。
12時開始ということで、開始時間近くまでゆっくりしていたら、気がつけば竹林は人で一杯。
とても行けるような状況ではありませんでした。仕方ないので、竹林出(入)口で待機。
この日は10月中旬とは思えないほどの気温で、直射日光がじりじりと肌を焼きます。
暑いーと思っているうちに、雅な音が聞こえてきました。
Saiguu1
行列来た―!と思ったらそこからは怒涛のようにきらびやかな人々が
目の前を通りすぎて行きます。束帯の山城守や監送使長官ら男性文官と
白丁さんらがやってきます。行列は右折していくのですが、見物人が多く
見物人と行列が混ざり気味。
Saiguu2
童女かわいー、笙を吹く(で合ってるのかな?)巫女さんの装束いい!!などと
きゃあきゃあしているうちに気がつけばおよよ(腰輿)がやってきていました。
斎宮代さんが目の前に来たものの、逆光が残念、斎宮代さんのまぶしさと、
およよを完全人力で運ぶすごさとにくらくらしました。
Saiguu3
斎宮代さんの後にはたくさんの女官さんたちが通ったのですが、
写真を撮れず。徒歩の女官さんらに続いて騎女(むなのりおんな)さんが登場!
葵祭りとは装束が違いますが、これはこれでかっこいい。足元は武官が束帯の
時に履くような靴ではなく、白足袋に草履だったので抜けたりしないかな
と思いましたが、基本的にお馬さんたちは賢く、馬丁さんらもよく馬をコントロール
していたので、きっと特に不安はなかったのでしょう。最後に空のお馬さん。
こちらはサラブレッドより体高が低く足回りがしっかりしていて、在りし日の行列はかくや、
といった感じでした(実際にはもっと小さかったと思いますが)。

行列の道程をよく知る知人に出会えたので、次の見学ポイントへ移動しました。
Saiguu4
小休止をとる行列に出会え、やっと華やかな女官さんたちをゆっくり
拝見できました。ここでは牛車が列に加わっていて、女官さん2人が
乗り込んでいました。そして、行列は渡月橋へと向かいます。
Saiguu5
橋を渡った先で集合写真と小休止をとり、再び橋を渡って禊の儀の会場へ。
暑かったのですが、空は素晴らしい青空だったので、いい写真が撮れた
人が多かったのではないでしょうか。
Saiguu6
禊の儀は 一般席からはちょっと遠いのですが、貸しボートの人達が川から
見ていて、不思議な光景でした。「斎王祭」を催行している
明和町から雅楽の奉納(胡蝶だったとおもいます)がありました。
雅楽の奏者の方々がいる舞台が設えてあったのですが、よくみると
ボート2漕の上に作った舞台でちょっとびっくり。
儀式は滞りなく行われ、終了の宣言を聞いて見物を終えました。
暑いなかで行列の催行は大変だったでしょうが、本当にいいものを
見ることができました。都合がつけば、来年は参加してみたいなぁ、などと
思ったりしながら帰宅しました。

2015年11月29日 (日)

賀茂曲水宴

ながく放置してしまったブログですが、ひっそり再開。

かなり前の季節になりますが、4月12日に見学した曲水宴。
場所は、賀茂別雷神社(通称 上賀茂神社)です。
当時はちょうど桜がまだ咲いていました。一の鳥居を入ってしばらくしたところに
ひときわ大きな桜、斎王桜。
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この日は神馬も見られました。
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神馬はただ境内にいるだけではなく、さまざまなお祭りで活躍し、
神馬が本殿を周る神事もあるそうです。
さて、曲水宴は12時半斎行でしたが、前のほうで見たかったので
受付開始の1時間半ほど前に行きました。
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斎行までの時間、境内をぶらぶらしたり野点の券が頂けるので
そちらに行きました。お茶は全く作法を知らないので不安でしたが、
野点なので気にせずどうぞと言われ気が楽になりました。
とは言え、いつかはちゃんとお作法を勉強したいものです。
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お菓子にも上賀茂神社の紋、ふたば葵が。目にも舌にも美味しい
お菓子でした。まだ時間があったのでぶらぶらしていると、
調度宴奉仕者の方々の集合写真撮影の場を見ることができました。
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偶然ですが、すごくまじかに斎王代さんとその装束を見ることができて
とてもどきどきしてしまいました。
奉仕者の方々はこの後本殿参拝の後、渉渓園へ。
最初に和歌を朗詠する女性により、平安時代の和歌がいくつか詠まれ、
和歌の説明等がありました。そして、斎王代さんをはじめ歌人の方々が入場しました。
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斎王代さんと童女、童子たち。童子さんたちはこの後大仕事が
待っているせいか、ちょっと緊張気味。
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神職さんたちの狩衣、良く見るとふたば葵!
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歌人の方々。女性歌人は小袿、男性歌人は衣冠です。
皆さんが所定の位置に着くと、斎王代さんが歌のお題を発表します。
今年は「春月」。
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そしてここからが童子さんたちの頑張りどころ。
2人一組で盃の乗った羽觴(うしょう)がスムーズに流れるように
竹の棒を使って動かすのですが、なかなか大変そうでした。
司会の方が、「前日練習ではジャージで、今日は
装束(水干、かわいらしい~)を着ているので、ちょっと
勝手が違うようです」などのコメントをいれつつ宴は進みます。
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羽觴が流れるまでに歌が作れないと、お酒を注がれてしまします。
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雅楽の調べのなかゆっくりした時間が流れます。
一通り、宴が終るとみなさん退出し、斎王代さんは別の所へ移動します。
それがここ斎王桜の下。
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斎王代さんは一年間のお役目。葵祭に始まって、この上賀茂神社での
曲水宴が最後のお勤めです。第59代斎王代さんを見られるのはここまで、
次の葵祭りで第60代斎王代さんをみることになります。

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